忠魂義魄

 脇腹に熱と共に鋭く突き刺すような痛みが走る。
 無意識に倒れこもうとする身体をどうにか手をつくことで支えた。
 咄嗟に手を当てた脇腹からぬるりと生温かいものが溢れるのを抑えながら
 漠然と目の前の惨事に力が抜けそうになるのを必死で抑える。

 戦場でも感じたことのない恐怖心がひたと背後に覆い被さってくる。

 ずっと自分が振り払いたくて仕方がなかった恐怖心が。
 あの日から振り払わなくてはいけないはずの恐怖心が。

 今、自分を苛むように、責めるように、この身に広がってゆく。



 「陛下…ッ!」


 きっと音にはなってない掠れた声で叫ぶ。ただこの思いを叫ぶ。
 逃げて下さいと。此処から一刻も早く。生き延びて下さいと。

 その思いは陛下に届かない。



 当り前だ。



 今の居場所なくして陛下が陛下たることはできない。
 この場所をなくした先に待つのはただひとつだ。


 そのことは誰より陛下自身が知っている。


 柄を持つ手を強く固く握り締めた。
 こうなることを考えなかったわけではない。
 私はいつかこうなるかもしれないと常に恐れていたはずだ。

 それだというのに…

 今の現状はまさに恐れていたことだ。
 防げなかった。その結果が目の前のものだ。



 だからこそ私はそれを私の全てを以って消さなければならない。






 陛下…どうかお許し下さい。


 今、一度だけ陛下の命に逆らうことを。




 貴方様のお言葉に逆らうことを…


 貴方様が決して望んでいないことを望んでしまう私を…




 ― 完 ―