Una flor de amor



いつもの見慣れた景色、場所、人、そして海。

全てが俺にとって当り前のもの。

でもいつも何かが足りなくて、いつも何かを求めていて、いつもどこか寂しかった。


どうしてだろう。
今ならこんなに解るのに。

君が隣にいてくれるだけで。



先ほどまでの幸せなムードに包まれていた喧騒から少し離れて独り海辺に来ていた。
ここ数日で目まぐるしく自分の人生が変わってしまって、未だに信じられない気持ちでいた。
戸惑いがないでもないけれど、それ以上に自分にとって大事なものを手にしたから幸せだった。
目の前の海は今でも幼い頃の記憶を呼び起こし、切なさと同時に胸に痛みが走る。
それはこれから先も変わらないだろうけれど、今は随分と穏やかに受け止めることができる。

「…ダグ?」

その時、背後から控えめに遠慮がちにかけられた声に俺は自然と微笑んで振り返った。
振り返った先にいたのは俺の宝物。
彼女は俺の顔を見ると少しほっとしたように笑みを浮かべた。

「こんなところで、どうしたの? 疲れてしまったの?」

「いや、ちょっと海を見たくなっただけさ。向こうは?」

黙って抜け出してきたので、少しだけ罪悪感にかられ尋ねながら、
もう日が暮れかかって肌寒くなってきたことに気づき、上着を脱いで彼女の肩にかける。

「もう無礼講よ。皆、好きに盛り上がっているわ。」

「そっか。じゃ、君のほうこそ疲れてない?」

そう尋ねると彼女は目を輝かせてまるで子供みたいに答えた。

「いいえ、ちっちとも!だってこんなパーティは体験したことないもの!」

確かにこれまで彼女はプリンセスの身代わりをも務めてきた。
パーティと名のつくものは数多く体験してきてはいても、あくまで上流階級の格式ばったもの。
こんな皆で、上も下もなく飲んで食べて、歌って踊る、そんなものには縁がなかっただろう。
とても新鮮で楽しくって疲れている暇なんてないと話す彼女が眩しく見えた。
これからもずっとこんな風に、隣で彼女と過ごせると思うと喜びを感じずにはいられない。

「…ダグ? 今、笑った?」

それが顔に出てしまっていたのだろうか、彼女が途端に眉を顰め顔を覗き込んで聞いてくる。
コロコロ変わる彼女の表情はとても面白いと思った。

「いや、別に笑ってないよ。」

思いつつもそれを押し隠してとぼけてみせる。
察したのか彼女は疑いの眼差しを向けた。

「本当に?子供っぽいって思ってない?」

少し拗ねた表情でそんなことを言い出した彼女に俺は堪らなく声を上げて笑い出してしまった。
そんな俺を彼女は一瞬、唖然としたかと思うともう…と言いながらつられて笑っていた。

幸せな時間。

その言葉はきっとこんな瞬間のことを言っているのだと思った。
他愛のないことで、誰かと一緒に、大切な人と一緒に、ただ笑っていられる時間。
どんな言葉でも表現できない感情が胸に温かくゆっくりと満ちていく。

気がつくと俺はそっと彼女に手を伸ばし、引き寄せ抱きしめていた。

「…ダグ。」

突然のことに一瞬だけ戸惑いながらも、彼女は当り前のように抱きしめ返してくれる。
そんな些細なことでさえ、改めて幸せを感じながら俺は彼女の耳元で囁いた。

「本当に子供っぽいなんて思ってないよ。けど…。」

「…けど?」

少しだけ意地悪く笑って見せて俺は答える。

「かわいいよ。」

言われた言葉を理解した途端、彼女が耳まで真っ赤になる。
照れている彼女がまたかわいいと思うけど、それは口にはしなかった。

「もう!ダグったら!」

そして俺たちはまた笑っていた。
ずっとずっと絶えることなくこうしていたいと願いながら。



「わ、バカ!押すな!」

突然、俺たち以外の声が響いた。
さっきまで確かに俺たち以外はいなかったはずだというのにだ。
嫌な予感がして、声がした方へと目を向ければやはりそれは当っていた。
椰子の木に隠れるようにしつつも、でっかい体がはみ出してしまっている男が1人。

「お前…。」

うんざりしつつ、声の主を睨みつける。
よく知るも何も俺の相棒であるその男は一瞬こそ、しまったという顔をした。
しかし、すぐいつものようにすっとぼけた飄々とした態度にでるところはさすがである。

「よお!ダゴベール!探していたんだよ!今日の主役が2人揃っていなくなるなんてって。」

「セルジオ…なら声かければいいだろ。盗み見なんて悪趣味だ!」

俺の抗議にセルジオは眉をあげただけで、しれっと言った。

「『もう!ダグったら!』…あれを邪魔できるとでも?」

人の悪い笑みを浮かべるセルジオに俺は一度、深呼吸をする。
そして落ち着きはらった口調で彼に向かって言い放つ。

「セルジオ、もういいから一発、殴らせろ。」

「それは丁重に断る。なあ皆!」

セルジオがふいに自分の背後に向かって話し掛けた。

「みんなぁ?」

問いただす暇もなく、どこにそんなに隠れていられたものかパーティ会場にいたほぼ全員がそこにいた。
言葉もなく、呆れも通り越して、俺はなんだか得も言えぬ脱力感に襲われる。
隣で呆気にとられて事の成り行きを見ていた彼女もさすがに驚いているようだった。

「ダグ、いくら今日が特別な日とはいえ、このような素敵な景色を2人じめはズルくてよ?」

そう声をかけたのは彼女の故郷である国の女王だった。
女王のその言葉に周りの皆も同意して、口々に好き勝手なことを言い始め。
それをきっかけに結局、この静かな海辺がたちまち即席のパーティ会場となる。
今日は特別だって誰もが知っているから。誰もが特別に騒ぎたいのだろう。

「もう好きにすればいいさ。」

誰も聞いちゃいないだろうけれど、そう呟いて、隣に目を向ける。
すると彼女はこちらを見つめて、優しく微笑んでいた。

「どうしたの?」

「ダグが幸せそうだから、嬉しくて。」

そういう彼女の笑顔こそ幸せそうに輝いていて、それを見て俺もまた幸せで、嬉しくなって。
彼女が隣にいてくれるから、そしてそうやって笑ってくれるから、それだけで全てが満ち足りる。
段々と周りが盛り上がり、益々騒がしくなっていく中で俺は彼女の耳元でそっと囁いた。




「愛しているよ、俺だけの最高の宝物。」





― おわり ―