行末 <前篇>

 メレルカはいつもの馴染みの店で1人で飲んでいた。
 飲みに行こうと言い出した張本人は何処かに行ってしまったのだ。

 まったく…と心の中だけで悪態をついた。
 別に1人が嫌なわけではないが…
 1人になるとどうしても考え込んでしまう自分がいた。


 もう決して返って来ない答えを求めて問いかける自分がいる。


 何度繰り返して来たのかわからないその問い掛けをまた繰り返しそうになり…
 馬鹿馬鹿しい…とその思考を振り払うメレルカ。


 そこに背後から声が掛かった。
 飲みに誘い出した張本人だ。

 「よお。待たせたな。メレルカ。」

 メレルカは振り向きざまに軽く睨みつつそれに答える。

 「やっと来たか…ケペル。何処に行っていた?」

 メレルカのその問いにケペルは意味ありげに苦笑するだけだった。
 その反応にあからさまに眉をひそめるメレルカ。

 「なんだ隠すつもりか?」

 メレルカはそれが気に障り声を低く問う。
 そんなメレルカを面白そうに見つめつつ答えるケペル。

 「隠すつもりなどないが…お前が聞きたくないだろうからな。」

 ケペルはそう言いながらメレルカの横に座り酒を頼む。
 どういう意味だと問いただそうとしてメレルカはふと気がついた。


 もしかして…今日は…


 ケペルはそんな様子を見透かした様に呟く。

 「そういうことだ。」

 その言葉にメレルカは更に不機嫌そうに顔をゆがめる。
 それを見たケペルには苦笑するしかなかった。

 「そんな顔するな。酒がまずくなる。」

 そんなケペルにメレルカは誰の所為だ…と口の中だけでぼやいた。
 ケペルはそれには聞こえない振りをして酒を煽る。
 それから静かにメレルカに対して問う。

 「まだ受け入れられないのか…?」

 ケペルのその言外に含む意を悟り思わずメレルカは目を逸らす。
 何を言っているのか…何が言いたいのかは痛いほどわかっていた。

 「お前は…? ケペル?」

 ケペルと目は合わせないまま逆にメレルカが問う。

 「受け入れてなければ今日、あの場所に行こうとは思わないな。」

 意外な程あっさり答えられ、少々驚くメレルカ。
 そんな様子を見てケペルはまた苦笑するしかなかった。

 そんな曖昧な笑顔のままケペルは更に言葉を続けた。

 「なあ我々はあいつが…ラダメスが言っていたことが本当に解っていたのか?」

 ケペルの言葉の真意がわからずに眉をひそめ聞き返すメレルカ。

 「どういう意味だ? 何が言いたい。」

 「我々ははじめから何も解っていなかったんじゃないのか?」

 そう言ったケペルの顔にはもう笑顔はなかった。

 「裏切り者の言うことなんて解らない。私には。」

 メレルカはただ何の感情も込めずに静かに低く呟いた。
 そんなメレルカの言葉の中に深い哀しみや憤りを見て取りケペルはため息をついた。

 しばらくの沈黙の後、唐突にケペルがメレルカに諭すように言う。

 「ラダメスは死んだんだ。メレルカ。」

 その言葉にメレルカはぎゅっと眉を寄せた。

 「わかっている。そんなことは。」

 「そうか? 私にはあの時からお前はずっとあそこに留まっているように見えるぞ。」

 ケペルが言う「あの時」その言葉にメレルカは「あの時」を思い出した。
 今でも昨日のことの様に思い出される…それも鮮明に。
 決して忘れることのない時、決して消えることない記憶。

 「お前はラダメスの死を受け入れきれていない…だから進めないでいるんだ。違うか?」

 図星だった。まさにメレルカにとってそれは、ケペルの言ったことはその通りだった。
 「あの時」のことは憶えているのに…確かにラダメスはいなくなったのに…
 心の何処かでまだ信じることができなくて、受け入れることができていない。
 自分でも解っていた…けれど頭で幾ら言い聞かせても心が受け入れてはくれない。
 何も言えなくなり黙り込むメレルカに対してケペルは更に続けた。

 「それが出来ない限り、答えを得るのは無理だ。」

 何もかも見透かされている…ケペルという男がそういう奴だと知ってはいる。
 だがそれは今のメレルカにとっては気持ちのいいものではなかった。
 必死に考えないようにしていることなのに…求めるなと言い聞かせているのに…
 考えても求めても得ることの出来ない原因をケペルは直に突いてきたのだから。
 思わず怒鳴り散らしたい衝動に駆られたが寸前で押しとどめる。
 そのかわりに酒を一気に飲み干すメレルカ。
 そしてじっとケペルを睨みつけ問う。

 「お前は答えを得ることができたのか? ケペル。」

 ケペルはしばらくの沈黙のあとに答える。

 「いや…まだだ。私もまだ答えを得ることは出来てはいない。」

 それでもメレルカはまだ黙ってケペルを睨みつけている。
 ケペルの言葉の真意を掴みかねているのだ。
 それに対してケペルは心外だと言わんばかりに眉を上げる。

 「私だってラダメスから聞き出したいんだよ。本当ならな。」

 その言葉にメレルカは漸く顔をそむけ一言だけ呟くように言う。

 「無理だ。」

 「そうだ無理だ。もう二度とな。」

 真剣なケペルの口調に顔をあげるメレルカ。

 「それなら自分で考えるしかない。全てを受け入れて。」

 いつものケペルらしからぬ熱い口調で語る様子に思わず目を見張るメレルカ。
 ケペルは構わずに続ける。

 「ラダメスの死も、ラダメスが残した言葉、思いも…全て。」

 ケペルの言葉をただじっと聞きながらメレルカは考えた。
 ラダメスの言っていたこと、ラダメスが思っていたこと。

 「私にはラダメスの言っていたことは我々戦士を否定しているようにしか思えない。」

 ぽつりと話し出したメレルカのその言葉にケペルはあっさり同意した。

 「確かにな。我々は戦いなくして戦士ではあり得ない。」

 「なら…何故、ラダメスはあんなことを言い出した? 戦いに終わりを望んだ?」

 ケペルはそっと目を閉じた。
 メレルカが今、言った言葉はそのまま自分にとっての問いでもあった。

 「言っただろ。私もまだその答えを得てはいないと。ただ…。」

 「…ただ?」

 「今となっては…あの頃の戦いに何の意味があったのかと思ってな。」

 「戦いの意味? 我々戦士が戦うのに意味が必要なのか…?」

 メレルカのその言葉にケペルは思わず笑う。
 確かにその通りだとも思った、ケペル自身もそう思っていた。

 「そう我々は戦士だ。だから戦う。」

 だがあいつは…ラダメスは違ったのだ。
 少なくともラダメスには意味も価値も必要であった。
 それは間違いなくラダメスの「戦士」としての脆さ…
 そこに気がついた時にそう感じたことをケペルは思い出す。


 けれど本当にそうだったのだろうか?


 ケペルは自身に問い掛けた。




 −続−